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それは舞い散るさくらのように

CoM0 TrB0

こんばんは、よこやまさんです。
なにごともない月曜日でしたよ。
今日も、わたしの日常はひとつづきだ。


今回は、非常によこやまさんの趣味に特化した内容になりそうです。
女性陣と常識人(わたしの知り合いにいるんだろうか?)には、
甚だ
ウケが悪いかと思われます。
「制服」「女子高生」、そのテの単語に
「ぞわぞわっ」とした人はご注意を。
今回は女子校尽くしです。



早い話が、これを観に行きたいわけです。
http://www.nelke.co.jp/stage/sakura/

『櫻の園』
1985年に刊行された同名コミックスが原作。1990年には中原俊監督に
よって映画化され、同年の『キネマ旬報』で邦画ベスト1を獲得するなど、
高い評価を得ています。今回紹介した演劇版は、今を去ること十三年前
に初演されたもの。

個人的に、女子高生を扱った映画の最高傑作だと思います。
江國香織の『いつか記憶からこぼれおちるとしても』と並び、女子高生モノ
の崩せない金字塔です。よこやまさんにとっては。

『櫻の園』は聞いて分かるとおり、ロシアの劇作家アントン・チェーホフの
同名の演劇『桜の園』にあやかったタイトルです。
チェーホフの方の『桜の園』は、「最も彼らしい作品」と称される晩年の作。
冒頭に紹介した公演を知り、大急ぎでチェーホフの本
を探してみました。
実家で探してみたら、母が新潮文庫版、私が岩波文庫版、父が戯作全集
収録版を持っていました。
か、買うんじゃなかったーーーー!!!
おそろしく気が合わないのに、こういうのは似るのか…?
新潮版は「三姉妹」も同時収録で、「桜の園」のみ収録の岩波文庫版と
ほぼ同じ値段だったので、買う人はそちらをどうぞ…。あーくやしいー!

チェーホフの方は、すぐに読めるくらいの薄い本ですが、やっぱり日本には
ないような言い回しも多くて読みにくいです。
内容は、なんていうか喜劇的な悲劇ってかんじ。いや、悲劇的喜劇かな。
まぁ、よこやまさんが鼻息を荒くしている『櫻の園』を観るぶんには、知って
れば楽しめるくらいのものなので、読んでなくても差し支えありません。


で、前置き長いですが『櫻の園』!
桜咲き誇る丘陵に立つ櫻華学園。
その名門女子校の演劇部こそが、この映画の舞台。
毎年四月の創立記念日に上演される、チェーホフの『桜の園』。
本番の開演を控えた数時間前、その朝の女子高生たちの情景を
四月の
光のしたに描き出す。そんな映画なのです。
突然髪にパーマをかけて現われる真面目な部長。
前日に煙草を吸っていて補導されてしまう三年生。
朝日の下に佇む二十数名の少女たち。
彼女らの生きるその朝が、舞い散る桜の下に、
やわらかく描き出されているのです。

正直、見る人の多くは「嘘くさい」と言われることでしょう。
いかにも。
この作品に現われる女子高生は、この世にいない生き物です。
嘘くさいどころか嘘なんだと思います。
夢のよう、という言葉がぴったりな架空の世界。
東京と名古屋にこれとよく似た名前の高校がありますが、どちらも
そんな夢のような名門校ではありませんし、丘陵の上の立地なんて
今時そうそう歓迎されるもんじゃないですよねww
とにかく、この映画にあるのは限りなく嘘にちかい夢なのです。
でも、それが不思議とリアリティを持って迫ってくる。
なぜか分からないけれど、妙な納得感を持って受け入れられるのです。
思うに、この作品に貫流する意識が、たぶん現実の女子高生のそれと
同じものなんでしょう。

よこやまさんの人生にも、これを読むだろう人たちの人生にも、高校時代は
三年間しか存在しない時間です。三年という明確な期限付きの、それ以上
でも以下でもない時間。
長い人生でそこだけにしか保証されえなくて、後々思い返すと、不思議な
特別さと後悔を持っている。
そういう意識が、この映画の底流として存在して、それが私たちに妙な
納得感・現実感をもたらしているのでしょう。


短いスカート、ぬいぐるみのついた携帯ストラップ、ルーズソックス。
古くは青山学院がそのルーツを作り出したという、女子高生の原形。
青山学院の女子高生がこのスタイルを確立したのは、アオガクという
ブランドに属する「自分」を演出するためだったといわれます。
この姿は、ほかでもなくアオガクにしかできない「女子高生」の姿だったのです。
最終的には流行の波によって、全国にまんべんなくいきわたる女子高生の
記号になってしまったけれど。
でも、そういった記号によって、彼女らは「自分たち」と「そうでないもの」を
分けようとしていた。それだけ「
トクベツなもの」として女子高生時代を見て
いるということです。


「わたしたちはどんどん変わっていくのに、桜だけが毎年変わらずに
咲くなんて、許せない。」
映画の作中、一人の少女が咲き誇る桜にそう訴えかけるシーンが、
全てを物語っているように思われます。
わたしたちには三年しか与えられていない。
そしてそれは間もなく失われる。
彼女らは、それが失われることを、だれよりも痛いほど分かっている。
だからこそ、短いスカートが履ける。
だからこそ、ルーズソックスが必要で、かわいい制服が必要。
それらを備えることで、自らの思う「女子高生」たれる。
失われるだろう若さの象徴として、そういった記号が存在するのです。


チェーホフの『桜の園』は、去って行く者の永訣の言葉で終わります。
  「さようなら、永久にさようなら!」
そう言い残し、没落貴族の一家は住み慣れた「桜の園」を去っていく。
そして、去っていけばもう二度とは戻れない。
かつて女子高生だったわたしが、二度とその姿でそこに帰らないように。
映画『櫻の園』は、そうやって「奇跡の時空」である高校時代を去って
ゆこうとする女子高生たちの、あわあわとした葛藤を描く傑作なのです。

話し変わって!!
今回の舞台の制服はいかがなものでしょう。やすっぽい。
こんなどこぞの田舎の中学生が着てそうなのではいかんですよ!!
九州の吹上が似たようなかんじの制服だったかとは思いますが、
吹上のそれは
シルエットにもっと知性を感じさせる!
この舞台版はちょっとちゃちすぎるんちゃいますのん!

映画版の櫻華学園の制服はマジで神なのですよ。
ウエストシェイプされた紺のジャンパースカートの丈は、ヒザより下。
清楚なボレロからは、タイカラーのブラウスが作る大きなリボンが覗く。
リボンには桜のぬいとりが施されていて、そのささやかな色使いが
足元のストラップシューズとあいまって、甘くなりがちなボレロ制服を
程よく引き締めて美しい。
これもまた、その舞台同様に、実際にはありえない制服です。
こんな女性的シルエットの制服、一度だって存在したことありません。
1919年に山脇学園が洋装制服を採用したその時から、これほどまでに
ストレートな女性性を打ち出した制服が現われ出たことはないのです。
あるはずのない過去を見事に創造して、その上でさらに「名門」という
一長一短に築けないはずのイメージまであらわしている。
これはもうマジ奇跡です。ネ申です。

あー、櫻華のイメージだけをぽんと言うなら、東京純心女子が近い気が
します。あとは神戸の山手女子?桜だと跡見とか桜蔭かとも思いますが、
あれはやっぱり山手女子に近いですか。程よくお嬢で程よく名門。
まぁ実際にはいない女子高生たちってことだけは確かですが。


再び、はなしかわって。
そういえば、江國香織の短編「じゃこじゃこのクッキー」なんですが。
これって『いつか記憶から~』に収録されてる作品じゃないんですか…。
ずっとそうだと思ってて、いま文庫を読み返して載ってないからびっくりした。
あれ、『号泣する準備はできていた』の収録作だったのか。
そんなに前の本じゃないと思ってたのに!やっぱ年とっ(ry

そんな江國香織の『いつか記憶から~』は、「緑の猫」が一番好きですた。
エミと萌子だったっけな?わたしはこの二人みたいに、始終一緒の相手が
いなかったんで、逆に思い出深い。この話が相当好きだったらしく、高校時代
の読書記録に四、五回名前が出ていました。なつかしいな。
タイトルどおり、どの短編も「いつか記憶からこぼれおち」てしまいそうな、
あわあわとしてかたちがはっきりしない読後感が残ります。
でも確かにてざわりはある。自分の高校時代みたいに。


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日記は雑記。  2007.06.23
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プロフィール

よこやまさん。

Author:よこやまさん。
性別:女のひと
年齢:19歳13ヶ月に突入。
趣味:女子高生の制服を追求。
所属:日文専攻、合唱団ほか。
備考:香川を愛してやまない
大学生。でも今は京都暮らし。

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