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1460日目のある日の朝

CoM0 TrB0
あしたの今頃は香川県だ!
六限の後に、教育実習の内諾活動のため帰省します。


明日はもう書けないと思うので、今日書いておきます。
ものすんごい長くてキモくなる気がするんだけど。
あーほんときもいと思う!
これはたぶん、何年も先のわたしが読むために書いた!
…じゃあ公開するなって話だね。

まず最初に理屈っぽいはなし。
最近、言語学の外書を読む機会があった。
語学のプレゼンで必要な資料が全部英語だったという罠。
で、その言語学の資料は、堂々とこうぶちあげてた。
「人間が人間たるもっとも大きな要因は、高度な言語の使用にある。」
単純な構文だったから、わたしの訳でも間違ってないと思う。安心して!

四の五の言えるくらいに潤沢な知識は持ってないので、この是非は問わない。
でも、疑いたい気持ちはむちゃくちゃある。
なんでって、わたしは好きな人の前で何かを語れたためしがないからだ。
いつもいつも、最低限の言葉を搾り出すだけで精一杯だった。
いや、本当言うとそれすらもできなかった。
その人の前に立つ時、わたしの思考はいつも感情の空白地帯みたいな場所に
あった気がする。それかもしくは圧倒的なくらいの濁流の中にあった。
結果、わたしはしょっちゅう泣いていた。
まったくもって恥ずかしい話。

これはわたしの「そうあってほしい」っていう妄想かもしれないけど、わたしは
恋を、高次な思考ができる生物にのみ成立するものだと思っている。
昨年亡くなった宗左近氏の「曙」という詩には、
「鳥はなぜ飛びますか 羽根があるから」
「魚はなぜ泳ぎますか 
鰭(ひれ)があるから」
「人はなぜ恋をしますか」
という一節がある。
演奏会でこの歌詞を歌ったからこれも間違ってないはずだ。安心して!
(ちなみに歌ったのは鈴木輝明作曲の方の「曙」。)

最後の「人はなぜ恋をしますか」の部分の答え。
宗氏の詩によれば「憧れがあるから」とのこと。
よこやまさんは「いや、理性と本能があるからだろ」と考えた覚えがある。
恋って、種を残そうとする生物としての本能と、それを慎み深く隠そうとする
人の理性とが複雑に絡み合ってできたものだと思う。
だから、そういう理性を持てる生き物(つまりは人間)にしか恋はできないと思う。

でも、そうだとすればすごい矛盾がある。
その人の前で、わたしは言語の力を行使できない。
恋と言葉とは、そのどちらもが人間に特有なものの筈なのに。
おかしな話。

だから、わたしは言葉がすべてを物語れるはずはないと思っているし、寧ろ、
最も伝えたい部分は、言葉によって伝えることができないものなんだと思う。
(ついでに言うと、これを可能と思う人が物書きさんなんだと思う。少なくとも、
不可能だと思ったわたしは物書きをしない。)

でも、「伝えたい」という意思は確固としてある。
こうなると言葉以上のもので伝えるよりほかない。
…わぁだめだ。
なんだか屁理屈っぽくなってきた。
まぁ早い話が、行動であらわすべきだと思ったわけ。
何百回「ありがとう」と言っても、それはたかだか五音の文字列だ。
同じく何百回「ごめんね」と言っても、泣いて頭を下げられたほうが許せる。
なんだか合唱曲の歌詞とかをひっぱりまわして悪いけど、
谷川俊太郎は「魂のいちばんおいしいところ」って詩の中でこういってる。
「何ひとつ言葉はなくとも あなたは私に今日をくれた」
「失われることのない時をくれた」
言葉はなくても、そういうことができるはずなんだよね。人間は。
わたしにもできてしかるべき…かどうかは分からないけど、できてほしい。
切実にできてほしい!と思う。
わたしはそれをするためにここまできた。
もう今更どうなろうとは思わないけれど、誰よりも感謝している人に
それを伝えたいのはかわりない。

怒られることかもしれないけれど、それを伝えたいがために、わたしは
教員免許を取ろうと思った。
教師である母親が教え子の教員採用を喜んでいた。それを見たせいでもある。
その人と同じ職を目指すことが、礼を尽くすことになると思ったせいもある。
その人と同じものを見ていたかったせいでもある。

自分のエゴだと言われれば「はいそうです」としか言えないね。みにくい…。
でも、それもついに、内諾の最終面接と試験を受けに帰るところまできた。
みにくいなりに、投げ出しはしなかったみたいだ。

やばい、まったくまとまらないのに朝がきそう。
よし、努めて簡単に、思いつくことから書いて行こう。


なんだかそれっぽいこと、きれいごとっぽいことを書いているなあ。
気の狂いそうなくらいの嫉妬や、
身をえぐる苦痛があったはずなのに。
言葉が出てきやがらないっていう無力さ、もどかしさも。
仮にうまいことを吐き出せたとしても、相手がとても大人だっただけに、
わたしとその人が共鳴することはなかったと思う。
相手がうわてすぎて、わたしには太刀打ちできなかったからね。
でも、苦痛だとか嫉妬だとか、それだけだったとも思わない。
ものすごくシンプルに幸せだったこともある。

で、それから四年経った。

わたしの目の前にその人がいたのはたかが一年ぽっちだったのに、
その一年の間にすら、
何かを共有できた瞬間はなかったのに、
わたしは随分と執念深かったらしく、ついに今日まで来てしまった。
その間ずっと、自分の周囲にいる恋人たちが盛んな新陳代謝を繰り返して
いくのを見ながら、「なんだか愚かしいなぁ」と思ったりしていた。
浅はかに人を求めるのはよくない、そう思い続けてきた。


でも、四年というその時間は、やっぱり確実に圧し掛かってくる。
わたしの記憶媒体の精度はそんなに高くない。
その人に関しても、もうすっかりおぼろげな部分ばかりになってしまった。
本を読む姿や後姿とか、あるいはその人の言った言葉とかしぐさとか、
そういう断片ならば鮮明に覚えている。それはとても嬉しかった。
でも、そのあいだにあった人間の動きみたいなものは、やっぱりもう曖昧だ。
わたしが好きだったのは、当然だけど、断片としてのその人じゃない。
そのあいだにあったものを含めて、だ。
それを忘れることで、わたしはそこに付随したものまでも忘れていく。
思い出だったものが、少しずつ、ただの記憶に変わっているのを実感する。
で、いずれはそれすらも、入り組んだ毛細血管のどこかに置き忘れる。
そうやって忘れたものがどれくらいあるだろう。
物悲しい風化だ。

あぁ、鳥まで鳴き出した。
朝だ。

それに抗いたいわたしは、忘れる数以上のものを手に入れようと考えた。
ここ一年くらい足掻いていたと思う。
教員免許の取得数をアホみたいに増やしたり、成績をあげるのに躍起に
なったり、むちゃくちゃな日程で検定試験を受けたり。
そうすれば、実習の内諾に直結する。
そうすれば、母校に帰れる。
そうすれば、その人に礼を尽くすことができる。
そうすれば、忘れる以上のものを手に入れることもできる。

でも、それで手に入れられるのは、結局ただの知識なんだよね。
日本史の教科書を一冊丸暗記しても、その人のことは思い出せない。
わたしは知識に恋したわけじゃない。
たしかに日本史は好きだけど、それはまたちがう。
その人のかわりを、知識がつとめてくれるはずなんてありえない。


風化はとまらないし、より避けがたいものだと気付いてしまう。

…まとまらないまとまらないヨー。迷走してるヨー!!

だから、どう足掻いてもわたしは
忘れるんだよ!
忘れるのが嫌でたまらなくて、ここまで執着し続けてきたけれど、
確実にいつかは忘れる。
どれだけ人間が理性を持っていたって、だ。
もうそれはしかたない。
甘んじてそうなるよりほかにない。


でも、わたしはここまできた。
それにかわりはないんだよ、わたしのぼろっちい記憶媒体よ。
その人が好きで泣き喚いたし、幸せだった。
あとそれから、教員免許をとろうっていう目標まで得られた。
ほかの人よりたくさんの取得単位と、雀の涙ほどとはいえど貴重な知識と、
それを自分で得たという事実がのこった。

何も残らないなんてことはなかった。
その人がいてよかったと思うし、それを形として裏付けるものまで得た。
それで十分に意味があったと言えなくもない。
俗物的な結果主義かもしれないけれど、残るものがあるのはやっぱり嬉しい。
うん。
わたしはきちんと、自分の理性と本能にこたえたと思う。


わたしの好きな人を、わたしは忘れる。
というか、ものすごく遠くにあって、それでも焦がれている、
そういう人
に変えるんだと思う。
それがいつになるんだかは分からないけれど。
でもそれも悪くない。
悪いことじゃない。

ついに朝がきた。
もう明日、わたしは香川に帰る。
明日、その人の前に立つことがあるとして、わたしはなにを言うんだろう。
できるなら一生涯残り続けるくらいのことを言いたいんだけど、どうせ無理だろう。
まぁとりあえず、ごく普通に世間話ができれば、それでいいような気もする。
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日記は雑記。  2007.05.24
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プロフィール

よこやまさん。

Author:よこやまさん。
性別:女のひと
年齢:19歳13ヶ月に突入。
趣味:女子高生の制服を追求。
所属:日文専攻、合唱団ほか。
備考:香川を愛してやまない
大学生。でも今は京都暮らし。

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