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円環の朝と閉じられない本

CoM0 TrB0

学校の帰り道に、本屋さんに寄った。
その本屋さんの雑誌コーナーに、見知らぬ女子高生がたむろしていた。
そして
思わず立ち止まる、それがよこやまクオリティ。
その女子高生たちは、どうやら最近買った漫画本に乱丁があったという
話題で盛り上がっているらしかった。



落丁本や乱丁本なんて、製本技術の発達している現在では、
人生に10回もめぐり合えば多いほうなんだと思う。
かく言う私は、20年生きてきて3回だけ乱丁本に出くわしたことがある。
もしかしたら気がついていなかったものもあるかもしれないけど、確実な
乱丁は覚えている限りそれだけだ。
一つは、九州の項目が三枚も続いた、縮尺率二万五千分の一の日本地図。
一つは、最終ページに最初の扉が挟み込まれた星新一のショートショート。
一つは、小学生の頃大好きだったジュール・ベルヌの『海底二万マイル』。
どの乱丁本も、今思い返すと悲しくなる。

わたしの母方の曾祖母は、95歳で大往生を遂げた人だった。
80歳になったころから肺癌の症状が出ていたけれど、年齢が年齢だった
せいか、その進行は足腰の弱った彼女の歩みのように遅く、直接の死因は
幸せなことに老衰だった。眠るように死んだ、と葬式の席で目を真っ赤にした
母が呟いていた。
そんな曾祖母と、わたしはよく本を読んだ。
かたや、小学校に上がったばかりでカタカナもおぼつかない私。
かたや、目も見えにくく、記憶も不確かになってしまった曾祖母。
わたしはたくさんの字を覚えながら、彼女は忘れるものを取り返しながら、
のんびりゆっくりと手近にある本を読んでいた。
手近にあるのは、電話帳とか絵本とか地図だった。
明治生まれの曾祖母は、あんまり遠出をしたがらない人だった。
とても古典的で、同時にとても現実的な世界観の持ち主だったから。
「直径10キロ」の世界で事足りる、そういう生き方をした世代。
そんなだったけれど、なぜか地図をよくわたしに見せてくれた。
国道一号線を北上して、富士山スカイラインを走って、青函トンネルを渡る。
東名高速も、名神高速も、阪神高速も、山陰、山陽、四国の各自動車道も、
彼女が地図をなぞる指を追いかけ、そうやって覚えていった。
そうして使っていた地図帳の九州の項目が、くだんの乱丁になっていた。
同じページが三回続く。
二人で首をかしげながら、同じ道路を三回なぞる。

曾祖母は九州に行ったことなんてあっただろうか。
広げた地図の上を、痩せた指でなぞりながら、何を考えていたのだろう。
足腰も弱って、目も見えにくくなる。遠出なんてできなくなる。
あれから十数年経ったけれど、わたしにはまだ想像の及ばない世界だ。

いつか老いれば、私も彼女のように地図を必要とするようになるのだろうか。
それはわたし次第なのだろうか。
乱丁の入った地図帳を残して、眠るように死んだ曾祖母。
概ね幸せな人生だったろうと思っているけれど、できるなら一緒に
落丁になっていた九州の自動車道を走ってみたかったと思うのだ。
そう言えば、あの地図帳はどこにいっただろう。
今は、うちの車のダッシュボードにでも入っているんだろうか。


二冊目の乱丁だった星新一のショートショートは、母が大学時代に買った
ものだった。今はたぶん、実家の書斎の壁を埋め尽くした本棚のどこかに
おさまっている。
うちの実家は昭和の初めに立てられた家で、当時らしい設計になっている。
木造平屋、一部二階アリ。地価なんて無いに等しい田舎
だから、床面積は、
庭を合わせれば300坪くらいになる。その家の改築された二階部分が、
書斎にあてられている。書斎にあたる部屋は二つあって、片方には悪趣味な
父の紫檀の机、もう片方には妙に少女趣味な母のライティングビューローが
置かれている。それ以外の調度品は殆どなくて、本棚があるばっかり。
(あ、その話は以前にも書いた。七百冊のナンセンスが眠っていた部屋だ。)
あまりにそりが合わず、今は別居中の両親。
二人の共通点と言えば、
高校・大学・大学院が同じだったことと、
旅行と本が好きだったことだった。
大学時代、お互いの顔も知らなかった二人は、似たような本を貪るように読み、
それを律儀に本棚へ納めていたわけだ。その時の本たちが、いま書斎を埋める
一部になっている。
そのおかげさまで、わたしも小学生の時分から曲がりなりに本を読む人間に
育ったようだった。その点については感謝している。音楽や美術をまったく解さ
ない理系頭のくせに、娘のために近代美術の全集を買ってくれたこととかね。
不気味かつ精緻な筆が印象に残るダリの画集は、今だって宝物だ。

そうして読んだ本の中に、星新一の乱丁本があった。
タイトルは忘れてしまったけど、星氏の本はすべて揃っていたから、そのどれか
なのは間違いないと思う。
たしか、本の登場人物になりきる奥さんの話が収録されていた巻だ。
彼女は上下編の推理小説の上巻だけを読み、自分を殺し屋だと思い込むのだ。
その後、お医者さんが貸してくれた下巻を読んで、物語は事無きを得る。
と思いきや、下巻の最後のページには乱丁があって、上巻の最後のページが
紛れ込んでいるのだ。だから奥さんはまた上巻を最初から繰り始める…。
星氏らしいストーリーテリングだ。
そんな本の最終ページに、本当に乱丁がおこっている。
まだ小学生だった私は、自分もその本に閉じ込められた気がした。
繰っても繰っても縫い閉じられただけの世界に、心底怖くなってしまって、
大急ぎで二階の階段を駆け下りた。
あの頃は想像もしなかったけど、高校生になった途端、わたしはそんな縫い
閉じられた本の世界に没頭することになった。高校三年間を埋め尽くした本。
今思うと、あの三年間を生きたわたしは、本の中の生物だった。
もしかしたら、図書館のかび臭い本のにおいがしていたかもしれない。

三冊目の乱丁も、小学校の頃に読んだものだった。
わたしは、海外作家の本にどうしても馴染めない。
向こうの国にしかないウィットや言い回しを、日本人が偉そうに読み解くなんて
そう簡単にはできっこないのだ。ハリーポッターを大好きだと言う人に、一度で
良いからそう言い放ってみたい。どんな顔をするんだろう。

日本語になおされた向こうの本て、なんだか哀れだと思いません?
俳句や源氏物語が英訳されていれば、みんな「あーあ」と思うでしょう。
そんなわけで、わたしは随分と排他的な読書ばかりをしていたわけだけど、
ミヒャエル・エンデとジュール・ベルヌだけは大好きだった。勿論今でも好きだ。
(スティーヴンキングにはまったこともあったけど、それはまぁいいや。)
なかでも、『海底二万マイル』は大好きだった。
小学校の学級図書で読み、クリスマスのプレゼントにもらったものを読み、
塾の本棚にあったものを読み、それからまた学級文庫を読み直す。
あの時分から、わたしには固執癖があったみたいだ。

ノーチラス号の海底紀行は、時折どきりとするようなシーンに出くわす。
何者かの襲撃を受けるとか、座礁してしまうとか。成り行きを見守りながらページ
をくると、それらは順次解決され、潜水艦は再び優雅な海底の旅に復帰する。
単調だけれど王道なSF作品。
その中に乱丁が現われるのだ。
話の筋はもう忘れてしまったけれど、アロナックス博士たちがノーチラスから
脱出しようとした場面だったと思う。その展開にどきどきしながら、好奇心に
急かされてページをめくる。
すると、唐突にノーチラス号の朝の風景が描かれ始める。
穏やかな朝の食卓が、なにごともなく進んでいく。
腑に落ちない気分で読みすすめていくと、途中でまた博士たちの脱出劇が
始まる。またページをめくると、紙面にはまた朝の風景が広がっている。
驚いて何度も読み返してから気がついた。
乱丁だ、と。
その時はそれで終わった。
乱丁だと分かれば、その部分だけを読み飛ばしてしまえばいいんだから。

でも、どうだろう。
あの、唐突に始まる
朝の風景は、わたしの日常じゃなかったか。
毎朝毎朝、繰り返し訪れるわたしの日常じゃなかったか。
あれだけ夢中に、「終わらなければいいのに」と思って読んだSF作品でさえ、
同じ日常が二度続けば不安になった。不安で不気味で不快で、つまらない。
それよりもずっと単調なわたしの日常は、もっと不安で不気味ではないか。
もっと不快で、もっとつまらないではないか。
ネモ艦長はいないし、ノーチラス号なんてない、海底の冒険もない。
そんなわたしの日常は。
株価が急落した、高校生が母親を殺した、自主休講をした、会議に出た、
携帯電話をなくした、場所を勘違いして練習に出れなかった、嫌な人に会った。
それくらいのことしかないじゃないか。
わたしの日常は、あの乱丁と同じだ。
縫い閉じられて進めない。
漫然と繰り返される日常を必死に耐える。
ささやかな変化をたのみに平均寿命80年の世界を生きる。
それならば、何も知りたくはなかったんだ。
ネモ艦長はいると思っていたかったし、曾祖母にずっと生きていて欲しかった、
両親に別居してほしくなかったし、毎日は同じじゃないと思っていたかった。
明日の朝になれば、今日あったことを忘れてしまえればいい。
縫い閉じられた世界に生きるしかないなら、わたしの知識だって縫い閉じられて
いればよかったんだ。閉じた円環の世界にいればよかったんだ。

人の人生が一冊の本にまとまるなら、それは多くの場合、乱丁本なのだろう。
乱丁本に等しいくらいの、繰り返しが続く本なのだろう。


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日記は雑記。  2007.05.18
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よこやまさん。

Author:よこやまさん。
性別:女のひと
年齢:19歳13ヶ月に突入。
趣味:女子高生の制服を追求。
所属:日文専攻、合唱団ほか。
備考:香川を愛してやまない
大学生。でも今は京都暮らし。

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